遺産全体がマイナスでも相続税がかかる?知らないと危ない“債務控除の落とし穴”
- 智史 長谷川

- 11月23日
- 読了時間: 4分
【ニュース概要】
出典:日本経済新聞「マイナスの相続で『申告不要』のはずが、まさかの税負担2500万円」(2025/11/22)
東京都内の一等地に商業ビルを持つ父が亡くなり、相続人は子ども3人。時価10億円(相続税評価額4億円)のビルには7億円のローンが残っており、遺産全体で見ると“マイナスの相続”。家族は「相続税の申告不要」と思い込んでいたものの、後日、長女・次女に約2,500万円の税負担が発生しました。
原因は、債務控除は債務を引き継いだ相続人にしか使えないという相続税の基本ルール。「遺産全体がマイナス=相続税ゼロ」ではなく、相続人ごとに課税価格を計算するという点を誤解していたことが問題でした。
この記事は、不動産・借入を含む相続で起こりやすい重大な誤解を具体例として伝えています。
相続税は「相続人ごとに計算する」仕組み
相続税計算は、被相続人全体の財産をまとめて計算するのではなく、相続人ごとに別々に計算します。
記事のケースでは、遺産分割は次のとおりでした。
長男:商業ビル4億円(評価額)+借入金7億円
長女:預金1億円
次女:預金1億円
遺産全体では「4億+2億−7億=▲1億円」ですが、債務を引き継いだのは長男だけです。
つまり——
長男:4億 − 7億 = ▲3億円(課税価格0)
長女:1億円(債務なし)
次女:1億円(債務なし)
結果として、長女・次女は「1億円のプラスの相続」となり、相続税の課税対象となります。
実際の計算例(簡易的な計算)
ここでは、より具体的に理解できるように、今回のケースを再現した計算例を示します。
1. 各相続人ごとの課税価格
長男:4億 − 7億 = ▲3億 → 0円(切り捨て)
長女:1億円
次女:1億円
課税価格合計:2億円
2. 課税遺産総額の計算
基礎控除(3,000万円+600万円×3人=4,800万円)を差し引く。
2億円 − 4,800万円 = 1億5,200万円(課税遺産総額)
3. 法定相続分での税額計算
3人とも法定相続分は1/3。
1億5,200万円 × 1/3 = 約5,067万円
相続税速算表の適用(税率30%、控除700万円)5,067万円 × 30% − 700万円 = 約820万円
3人合計で 約2,460万円 が相続税の総額。
4. 実際の取得割合で按分
取得額の合計は2億円(長男0円扱い)
長女:1億/2億=1/2
次女:1億/2億=1/2
→ 長女:約1,230万円→ 次女:約1,230万円(長男は0円)
5. 無申告のための追加税
今回の事例では「申告不要」と誤解し、期限後に発覚。
そのため
無申告加算税
延滞税が加わり、合計約2,500万円になったと記事に記載されています。
なぜこの誤解が起きやすいのか
この事例は、不動産を多く持つ家庭で特に起きやすいトラブルです。
1. 「遺産全体がマイナス」でも安全ではない
相続税では、債務控除を誰が引き継いだかが最重要。
不動産+借入金のセットは後継者が引き継ぐケースが多く、他の相続人は“現金のみ”になりやすいため、プラスの相続となり税負担が生まれます。
2. 不動産の相続税評価額は時価より大幅に低い
記事のビルは「時価10億 → 評価額4億」。土地の路線価・建物の固定資産税評価額で決まるため、不動産の評価額は実勢価格の3〜4割になることが一般的です。
借入金7億とのバランスから「全体ではマイナス」に見えてしまうのです。
3. “誰が何をどれだけ相続するか”を税理士に伝えることが必要
長女は税理士に「不動産の評価額」だけを相談し、遺産分割の内容までは伝えていませんでした(記事内明記)。
これが誤った判断につながっています。
事業オーナー・資産家が知っておくべきポイント
相続税の専門家として、この事例から特に伝えたいポイントをまとめます。
■ 債務控除は、債務を負担する相続人だけのもの
ローンを1人に集中させる場合、他の相続人がプラスの財産を受け取り、課税対象になる。
■ 不動産だけに偏った相続は危険
後継者以外の相続人には生命保険や現金など、税負担を調整する設計が必要。
■ 「評価額の低い不動産による節税」は他の相続人に影響する
不動産の評価減だけを見て対策すると、“誰にどの財産を渡すか”のバランスが崩れ、逆に税負担が増える。
まとめ
今回の日経記事は、相続税の根本的な誤解に起因する典型的なトラブルです。
遺産全体がマイナスでも相続税は発生する
債務控除は相続人ごと
不動産+借入が絡む相続は特に注意
